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愛する天のお父さん、あなたの愛された場所、エルサレムで祈れる恵みを感謝します。

 

今日は、日本が所属するライオンズゲートの時間で、毎朝担当している4:00-6:00の祈りを終えた後、バスでオリーブ山にまで移動し、そこで祈る時間が与えられました。下の写真の真ん中の黄色い看板に「MOUNT OF OLIVES」と書かれています。

オリーブ山

オリーブ山は、アラブ人の所有地になっているので、その地域に入った途端にバスの外の風景が一変します。いかにも荒れ果てた感じで、行き交う人の表情も険しく感じます。

オリーブ山

今回、イスラエルに来てずっとホテルの中にいたので、この時初めて生でエルサレムの街を見ました。やはり、生で見る感動は何にも代えがたいものです。確かにこの場所をイエス様が生きて働かれ、福音書にかかれてある数々のみわざを行われたと思うと、それだけで涙が出そうになります。

ヘブライ大学

ヘブライ大学を経て到着したオリーブ山。なぜアラブ人のたくさんいる危険な箇所で祈ることが出来たか。じつはそれは、オリーブ山の一角にトム・ヘス師の自宅があるからなのです。なんと、ライオン・ゲート、ゴールデン・ゲートに所属する人ほとんどが庭に入れてしまうほどの広大な土地なのです。しかも、その庭からエルサレムの街が一望でき、さらに、その庭からはライオン・ゲートとゴールデン・ゲートを一度に見ることができるのです。

オリーブ山

わかりにくいかもしれませんが、ここにある壁の右の方にあるのがライオン・ゲートです。そして、左のドームの広場の手前にあるのがゴールデン・ゲートです。イエス様はオリーブ山に再び戻ってこられ、この門を通ってエルサレムに入られます。しかし、その手前をアラブ人が買い占め、お墓にし、しかもゴールデン・ゲートを入れないようにセメントで固めてしまっています。(セメントで固めてもイエス様にとってはなんの意味もないと思うのですが(笑))

オリーブ山

今回のオリーブ山には、僕と息子と二人で行きました。実は、また後日この場所を訪れる予定なのです。

なぜ、二人で来たかというと、娘が気管支炎になりかけ、嫌な呼吸音と共に発熱、腹痛を起こしてしまったので、妻が娘を看病するためにホテルに残ったのです。その他、何人かの子どもの体調も悪くなったり、イスラエルに来ていない子どもの様子がおかしくなったりと、本当に霊的なアタックが大きかったのを感じます。
今は、ほぼみんな癒され、回復しました。皆様のお祈りを感謝します。

オリーブ山

このオリーブ山での祈りは、各国の代表が賛美と祈りを導きます。日本からは山川哲平先生が賛美を導き、高平先生が祈りを導かれ、主の臨在に包まれました。

オリーブ山

このように、トム・ヘス師の家の庭は様々な国の人で溢れかえっていました。

オリーブ山

この時、祈りを導き方たちは一段高くなっている所に立って導いていたので、結果的にはエルサレムに背を向けて祈っている形になりました。しかし、せっかくエルサレムの街を見ながら祈れるので、私たちは反対を向き、イスラエルを見ながら祈りました。そして、持ってきた角笛を高らかに息子に吹いてもらいました。

もう、本当にリアルに「山から、谷へと、主の歌、響け!」と賛美が溢れそうになりながら、ひたすらエルサレムの祝福のために祈り続けました。

イエス様がこの場所で祈られ、また、ここに戻って来られる。その門が目の前にある。その中で祈る祈りは特別なものがありました。

このライオン・ゲートとゴールデン・ゲートの境界線を引き伸ばしていくと、日本の宮崎にあたります。その先は何も陸地がありません。

エルサレムのから見て東の果て、それは日本です。東の果てからあらゆる犠牲を払ってエルサレムに来て祈る70人の日本人を、主は心から喜んでおられ「よく来たね!」と主が語られているような気がしました。

ちなみに、今年の12月、宮崎県で「東の果て祈り会-ジョシュア・ジェネレーション・チョップスティックスリバイバル-」という祈り会があります。

少し話はそれますが、宮崎県は日本の宗教のはじまりの場所と言われているそうです。また、天照大御神も宮崎に降り立ったと言われているそうです。さらに、一つの塔があり、その塔は日本が戦争で侵略した地から持ち帰った石で作られているそうです。この宮崎において、日本、韓国、中国、イスラエル、そして様々な国から祈り手たちが集まり、日本の打ち破りのために祈り会が持たれます。今回のイスラエル・コンボケーションの主催者、トム・ヘス師も来られます。皆様、下記からぜひお申込み下さい。

東の果て祈り会-ジョシュア・ジェネレーション・チョップスティックスリバイバル-」お申込み

話を戻しましょう。終わりの時、イザヤ59章12節にかかれているように、

そうして、 西のほうでは、 【主】の御名が、
日の上るほうでは、 主の栄光が恐れられる。
主は激しい流れのように来られ、
その中で【主】の息が吹きまくっている。

というみことばを成就されると信じます。今、日本に主の息吹(霊)が吹きまくっている。その事を信じます。この目でしっかりとこの場所を見ることが出来た事により、引き続きイスラエルのために祈って行きたいという思いが増し加えられました。

オリーブ山

この場所に来るときには、トム・ヘス師の家の直ぐ側にバスが到着したのですが、帰るときは少し離れたホテルまで歩かなければなりませんでした。先に書いたように、この場所はアラブ人の地区です。一歩出ると何があるか解らないような場所です。ですので、帰る時に厳重な注意がなされました。

それにもかかわらず、財布を取られたり(現金だけ抜きとられ、財布はもどってきました)女性が体を触られたり、本当に恐ろしい思いをしながらバスのりばまで行きました。

彼らの手口は巧妙で、横長のエルサレムの写真を目の前に広げ、そこに目をやっている隙にその写真の下からかばんのチャックを開けさせたり、とても安い値段で何かを買わせ、他の人がどこに財布をしまったかを確認し、近づいてきてかばんから財布を抜き取るといった手口です。

他にも、ショールを売りつけてきて、それに手を触れたら触ったからお金を払えと言ったり、らくだを座らせいて、そのらくだに載せるからお金をくれと言ったりする人もいました。

時には集団で取り囲まれることもあったそうです。本当にひどいと思ったのは、そのあたりで摘んできたオリーブの枝を売りつけようとする人もいました。

僕は息子を守ること、そしてギターを持ってきていたので、それを守ることが精一杯で、バスに戻った時には本当にホッとしました。

バスから見ていると、他の国の人の背中のリュックサックのチャックが開けられている人を何人も見かけました。アラブ人の彼らの心の中に主の愛が注がれ、主が訪れてくださるよう祈りました。

ユダヤ人の子ども

ユダヤ人

この日はイスラエルの新年の三が日の最後の日だったので、公共の乗り物はすべてストップしていました。ですので、街なかは徒歩で移動するユダヤ人をたくさん見ることができました。

ちなみに、この次の日はシャバットでした。ホテルにいたのであまり実感は出来ませんでしたが、この日は娘の誕生日でした。イスラエルで新年最初のシャバットに聖書で新しい始まりを意味する8という8歳を迎えられたことは、本当に大きな喜びでした。

この一日はイスラム圏のブレイクスルーのために断食をして祈る一日でした。なので、長時間太陽にあたり、フラフラになった状態でホテルに戻ってきました。それから、イスラエルの暦では日が暮れると次の日になるので、夕飯は今まで以上に美味しく食べることが出来ました。

イスラエルに来てまだ4日ほどしか立っていないのに、もう一ヶ月ほどいるのではないかという濃密な毎日を過ごしています。これからも日本で私たちのためにお祈りしてくださっている皆様に、少しでもこちらの様子がわかるよう、出来る限り情報をお届けしていきたいと思います。

 

愛するイエス様のお名前によって。

 

カテゴリー: Israel, ブログ