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キリストの花嫁となることは私たちの最大の希望

 

愛する天のお父さん、あなたとともに永遠に過ごすことができることを夢見ています。

みなさんは、キリストの花嫁と聞いて、どのように思いますか?

僕は、最初、ちょっとむず痒いというか、しっくりこない感じがしていました。

キリストが花婿で僕が花嫁。

僕がウェデイングドレスを来ている姿は、だれも想像したくないと思います(笑)。

しかし、キリストの花嫁ということに関して学び、祈り、みことばを読み進めていく中で、そのような思いは取り去られ、はやくイエス様との結婚生活を送りた!と思うようになりました。

 

旧約聖書は、新約聖書のひな形とも言われいています。

旧約聖書に書かれている預言の多くはイエス・キリストに向けられています。

それは丁度、影絵のようなもので、時にはシルエットがはっきり見えるときもあります。

 

そして、イエス・キリストは十字架にかかり、三日目に死の力をも打ち破り、よみがえられました。僕たちはこの復活のイエス様を信じています。

 

しかし、聖書はそれだけでは終わりではありません。

イエス様は、再びこの地に戻って来られるのです。つまり、再臨です。

僕たちの希望はここにあります。

 

マラナタ。主よ、来てください。

 

このことこそ、僕たちの最もエキサイティングな希望です。

先日、教会に来てくださったメシアニック・ジュー(キリストを受け入れたユダヤ人)のアリエルさんがその事を端的に示してくださいました。

 

「私たちの希望はコレ(人差し指を上に向けて)ではなく、コレ(人差し指を下に向ける)なんですよ。」
つまり、私たちが御国に行くことだけでなく、主が戻って来られること。これこそ私たちが抱いている希望なんです。

 

アーメンでした。目が覚めたような感覚でした。

 

御国の福音、御国の文化、御国の賛美…。

それをこの地に解き放つためには、天国に行って、その様子を体験したい。

僕はそう願っていますが、それでもなんかストンと心に落ち着かない物がありました。

しかし、アリエルさんのメッセージで、はっきりとしました。

御国に行くことがゴールではなく、イエス様をこの地にお迎えすることこそ、最大の希望だと。

 

神様は、この全地宇宙、そして私たちをを6日間で創造されました。

しかし、教会は2000年以上もかけてゆっくりと完成されようとしています。

 

ダビデは、契約の箱を運びこむとき、ウザとアフヨに最新の車に載せて契約の箱を運びました。

そうすることにより、確かに早く箱を運ぶことができます。

しかし、神様の箱がいよいよ到着する直前で、牛が暴れて契約の箱がひっくり返りそうになりました。

それを抑えようとしたウザは神様に打たれてしまいました。

ウザは“力”という意味、アフヨは“民衆の声”と言う意味です。

つまり、神様の方法ではなく、人間の意見と力で契約の箱を運んだ結果、打たれたのでした。

それからは、契約の箱はオベデ・エドムの家に運ばれ、そこからエルサレムに迎え入れられることになります。

その距離は、本当に数キロメートルしか離れていないほど近い距離だということです。

その距離を、3歩進んで全焼のいけにえを捧げるという、とてつもなく遅い歩みをしながら契約の箱は迎え入れられました。

 

何が言いたいかというと、神様は最後の最後の仕上げには、とても時間をかけて仕上げられるということです。

キリストの花嫁なる教会が時間をかけて形成されているのも、同じような法則からだと思います。

 

「御霊も花嫁も言う。来てください」

 

黙示録の最後の方に書かれたこの言葉こそ、私たちの希望です。

そのために祈り、賛美し、みことばを蓄えます。

「マラナタ。主よ、来てください」

 

イエス様のお名前によって。

 

 

 

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