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天のお父さん、あなたの愛されるイスラエルに滞在できていることを心から感謝します。

昨日から、エルサレムのラマットラケルから移動してナザレに滞在している。
ナザレはガリラヤ湖の近くで、イエス様が幼少期を過ごした場所として知られていると思う。

この場所に滞在し、「ナザレ」という言葉を聖書から検索して読んでいると、色々知らなかったこを教えられた。

ヨセフとマリヤはナザレ出身。

マリアが受胎告知を受けたのもナザレ。

イエス様は「ナザレ人」と呼ばれた。

聖書に書かれていない公生涯までの間を過ごされたナザレ。

ひょっとしたらこのホテルの下で石で隠れ家を作ったりして遊んでいたのかも知れない。そう思うとこの場所が本当に特別に思える。

ナザレ

しかも、イエス様が生まれたのは仮庵の祭りの頃。ちょうど今週末から仮庵の祭りが始まるので、今くらいの季節。

日本は肌寒いかもしれないけど、ナザレは昼は半袖でも日向にいると耐えられないほどの暑さ。しかも夜は震え上がるほどの寒さ。

その中で身重のマリヤはロバに揺られ長距離を移動し、また生まれたばかりのイエス様を胸に抱いてエジプト、そしてナザレ、エルサレムとイスラエルを歩いていたと思うと、どれだけ大変だったろうと思う。やっぱりこの季節感と距離感はここに来てみないとわからない。

それと同時に、あれだけ恋焦がれていたイスラエルを目の前にすると、あまりににも当たり前の光景過ぎて、特別に感じなくなることもあることも事実。

この場所をイエス様が歩かれたかもしれないのに、目の前の光景があまりにも日常的、リアルすぎて、その実感が湧いてこない。

この事が「イスラエルに覆いがかけられている」ということなのかもしれないと思わされた。もし、自分がここで生まれ育ったなら、この場所がそれほど特別に思えないようになってしまうのではないかと思わされた。

だから私たちはイスラエルのために祈る必要がある。彼らに妬みを起こさせるため、ヤハウェ・イエシュアのお名前を叫び続ける必要がある。

そして、イスラエルの民が「祝福あれ!主の御名によって来られる方に!」と、イスラエルと異邦人が共に礼拝する日を待ち望む。

しかし、このコンボケーションに参加して、それが既に起き始めている子をも知った。近年、イスラエルでは急速にメシヤニックジューが増えているという報告を聞いた。今朝話したヨルダンの先生によると、その地方では6%ほどの人がイエス様を受け入れているという。そして、コンボケーションの機関中も、帰還したユダヤ人(アーリアー)やこの地で生まれ育ったメシヤニックジューに手を置き、祝福の祈りをすることが出来た。

僕たちが祈ると、言葉もわからないのに彼らは一様に涙を流して喜んでくれた。

日本の祈りの戦士たちがイスラエルの祝福のために祈り続けている。

僕も日本にいた時に祈り続けていた。

メシヤニックジューのために手を置いて祈る時、後ろからのものすごい追い風のようなものを感じた。

それは間違いなく、日本で祈っているみんなの祈りだったと確信している。

その時、僕がその祈りの最前線に立たされ、彼らに祝福を流すことが出来たのだと思う。

ああ、イスラエル、イスラエル。

訪れてなおイスラエルに対する愛情が深まった。

あと僅かとなった滞在期間、聖書を読み、祈り、この地でしか与えられないかもしれない知恵と啓示の御霊を求めていきたい。

 

愛するイエス様のお名前によって。

カテゴリー: Israel, ブログ