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愛する天のお父さん、あなたの愛をありがとうございます。

僕は日本に生まれたことを心から感謝しています。
多くの人は、日本を宣教の墓場とか言われます。
しかし、僕はそうは思いません。
まだ、時でない。ただそれだけのような気がします。

僕の教会の牧師は、イエス様が行われた最初の奇跡、カナの婚礼で水をぶどう酒に変えられた出来事は、日本に対する預言だと言っていました。

1 三日目にガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。
2 イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれた。
3 ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った、「ぶどう酒がなくなってしまいました」。
4 イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」。
5 母は僕たちに言った、「このかたが、あなたがたに言いつけることは、なんでもして下さい」。
6 そこには、ユダヤ人のきよめのならわしに従って、それぞれ四、五斗もはいる石の水がめが、六つ置いてあった。
7 イエスは彼らに「かめに水をいっぱい入れなさい」と言われたので、彼らは口のところまでいっぱいに入れた。
8 そこで彼らに言われた、「さあ、くんで、料理がしらのところに持って行きなさい」。すると、彼らは持って行った。
9 料理がしらは、ぶどう酒になった水をなめてみたが、それがどこからきたのか知らなかったので、(水をくんだ僕たちは知っていた)花婿を呼んで
10 言った、「どんな人でも、初めによいぶどう酒を出して、酔いがまわったころにわるいのを出すものだ。それだのに、あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました」。
11 イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行い、その栄光を現された。そして弟子たちはイエスを信じた。
<ヨハネの福音書2章1節〜11節>(口語訳)

この中で、10節に書かれている「あなたはよいぶどう酒を今までとっておかれました」というのは、日本に向けられたものであると信じます。

また、別の箇所では労働者の例えが出てきます。

1 天国は、ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に、出かけて行くようなものである。
2 彼は労働者たちと、一日一デナリの約束をして、彼らをぶどう園に送った。
3 それから九時ごろに出て行って、他の人々が市場で何もせずに立っているのを見た。
4 そして、その人たちに言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい。相当な賃銀を払うから』。
5 そこで、彼らは出かけて行った。主人はまた、十二時ごろと三時ごろとに出て行って、同じようにした。
6 五時ごろまた出て行くと、まだ立っている人々を見たので、彼らに言った、『なぜ、何もしないで、一日中ここに立っていたのか』。
7 彼らが『だれもわたしたちを雇ってくれませんから』と答えたので、その人々に言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい』。
8 さて、夕方になって、ぶどう園の主人は管理人に言った、『労働者たちを呼びなさい。そして、最後にきた人々からはじめて順々に最初にきた人々にわたるように、賃銀を払ってやりなさい』。
9 そこで、五時ごろに雇われた人々がきて、それぞれ一デナリずつもらった。
10 ところが、最初の人々がきて、もっと多くもらえるだろうと思っていたのに、彼らも一デナリずつもらっただけであった。
11 もらったとき、家の主人にむかって不平をもらして
12 言った、『この最後の者たちは一時間しか働かなかったのに、あなたは一日じゅう、労苦と暑さを辛抱したわたしたちと同じ扱いをなさいました』。
13 そこで彼はそのひとりに答えて言った、『友よ、わたしはあなたに対して不正をしてはいない。あなたはわたしと一デナリの約束をしたではないか。
14 自分の賃銀をもらって行きなさい。わたしは、この最後の者にもあなたと同様に払ってやりたいのだ。
15 自分の物を自分がしたいようにするのは、当りまえではないか。それともわたしが気前よくしているので、ねたましく思うのか』。
16 このように、あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう」。
<ヨハネの福音書20章1節〜16節>

この、最後の一時間しか働かなかったものも、日本に対する預言だと聞いたことがあります。
最後の一時間しか働いていないのに、天では朝から働いていたものと同じ報いを得ることができる。なんと素晴らしいことでしょう。

そして、電車に載っている時に、ひとつの啓示が与えられました。
それは、僕が電車の一番最後の車両に載っていたのですが、駅につく時、電車のスピードは弱まってきているのに、なかなか駅のホームが見えない。
いよいよ止まりそうになった時にやっと駅のホームが見えてきました。

同じように、日本は取り残されているように思えるかもしれない。
後退しているように思えるかもしれない。
でも、日本は必ず神様に覚えられており、
最後の最後に力強く立ち上がり、
未だかつて誰も見たこともないほどのリバイバルが起こることを信じています。

信仰によってこれらを受け取り、共に日本の為に祈り、宣教をしていきましょう。

愛するイエス様のお名前によって。

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